top of page

骨格面における上・下半身の比較

生命誕生から35億年。進化を続けたヒトは、動物のなかで唯一、 重力の方向に応じた“直立”の姿勢を完成させました。立ち姿の美 しい表情は、多くの芸術作品にも表現されています。


骨格面における上・下半身の有機的関連形態の比較
(Raubel , Morton 改変)

第6回

動体原型

立ち姿での限界

C-6.fw_1111.jpg

動物の中で唯一、人には“立ち姿” という象徴的な姿勢があります。頭頂から足の裏までの一本の地軸に、バランスをとりながら骨を配列させ、天に向かって伸びるかの様な姿です (図1)。意識を持った人間が、文化、社会のなかで昇華させてきた姿であり、日本語で“直立”と書くように、他国の言葉にも立ち姿には「正」の意味がこめられているそうです。

 そして、人はこの“立ち姿”をベースに衣服を作り続けてきました。長い伝統のある立体裁断のボディー(人台)は動かぬ直立で、衣服は、美しい立ち姿をさらに強調し装飾を施し、フォルムを作り出し、それが服飾文化の主流でもありました。

一方で、植物は水中生活から陸に上がると、根は大地に、幹は大空へと地軸に向けてすっくと立ち続けてきました。人の祖先が水中から上陸した後、長い間“這いつくばった”生活を経て、ついに直立して歴史を刻み始めて5千年。多くの植物が当たり前のように自然と立ち続けてきた姿に、動物では人のみがやっとたどり着いたとも言えます。

しかし、人がどんなに美しい立ち姿を手に入れたとしても、植物のように根をはってその場にい続けるわけにはいきません。植物のように太陽の光と、どこにでもある水と二酸化炭素で自らを養う光合成の能力が、動物にはないからです。食べ物を探し、繁殖のために異性を求めて動き回るのが、私たち動物の宿命なのです。

ですから、ひとの立ち姿に美しい衣服をしつらえたとしても、動けば、そこに必ず衣服のひきつれと圧迫が生じます。動きが大きくなればなるほど、立ち姿かベースの衣服では、動きに追従できないという限界があるのです。

図1.人体側面の体測曲勢腺

ひきつれを緩和させるニュートラルポジション

衣服のひきつれ、しわは大きく三つに分けることができます。

一つは、直立から、重心を片足に移動した”やすめ”のポーズ、偏立で出来るジグザグのしわ(図2)。

D-33_1111.jpg

さらに図3のような人体の前屈、後伸運動による、たて方向のしわ。

E-20_1111.jpg

衣類構造上のしわ原型

図3.人体の前屈・後伸形態と衣服のしわ原型

図2.人体の偏立ポーズによる有機的形態と衣服のシワ

そして3つめは図4のように体をひねった時の、らせんのしわです。

E-53_1111.jpg

衣類構造上のしわ原型

図4.人体の回旋形態と衣類のしわ原型

ひきつれ、しわには強度の差があるものの、からだを圧迫し、不快感をもたらします。このひきつれ、しわを軽減させるための基本となる姿勢として想定されたのが、ニュートラルポジションです(図5)。

3-11_1112.jpg

図5.衣服の運動機能配慮のための関節機構帯ニュートラルポジション

人の動作は基本的には関節運動で、それにより”すがた・かたち“が変化します。 ニュートラルポジションとは深くかがみ込んだ状態と、立ち姿との中間の姿勢に関節の働きを設定した、 中間位の姿勢のことです。ちょうど椅子に腰かけて頬杖をついたようなかたちです。この姿は一方で図6、図7の様に皮膚の前全方向の伸展をともないます。ですからこのニュートラルポジションをベースにすれば、衣服は皮膚の動きにかなり追従し、動いた時のひきつれと圧迫を軽減することができるようになります。

3-16_1112.jpg

図6

図7.皮膚の伸展とずれ方向

また、ひきつれを起こす三つの動作は、このニュートラルポジションをベースにし、さらにそこにテニスやゴルフといった種目別のそれぞれの動きの方向を見きわめ、運動量を加えることで、合理的な機能ウエアとなります(図8)。

3-9_1112.jpg

図8

この時、運動量を入れるための有効な機能線が、皮節構造線、デルマトームです(第四回参照)。

根源のかたち、動体原形

ニュートラルポジションというのは、実在する姿ではありません。宇宙空間か、あるいは重力が小さい水中で、すべての関節を少しずつ前にかがめたかのような架空の姿です。この形は、実は、解剖学=形態学で言う原形、”おもかげ”でもあります。
“おもかげ”とは、例えば、母親が怒った昨日の顔写真も、今日撮った、笑っている母の写真も、どれも母親だと判別できるのは、その人が日々の生活の中で母親の”おもかげ”を脳裏にやきつけているからです。母親のすべての表情は、この”おもかげ“のバリエーションとして認識されます。母親ばかりではなく、鳥や木を判別できるのも、鳥や木の”おもかげ”を持っているからです。さらに、人体の内部構造を解剖し、年数を重ねて調べ続け、人の”なりたち”を研究していくと、ひとの”根源のかたち””おもかげ”というものがイメージとして見えてくるそうです。胃や腸、血管や神経はすべてこの”根源のかたち”からのバリエーションとして導かれます。

しかし、どんなに解剖の数を重ねて、仮に”根源のかたち”が見えたとしても、それを何かにつなげて展開していかなければ、ただのイメージでしかありません。ニュートラルポジションとは、中間位の運動姿勢であると同時に、そこに動く人間の”根源のかたち”動きの “おもかげ”を結びつけたものです。それが、この姿を”動体原型”と称するゆえんです。

この”動体原型”が胎児の姿に似ているのは、人が進化してきた35億年の”なりたち”をおおよそ10か月と10日(とつきとうか)で辿るという、その時々の”おもかげ”が、胎児の姿に秘められているからです。描かれた12週目の胎児は、中生代の水中生活から陸に這い上がり、活動を始めた新生代の私たちの祖先の”おもかげ”でもあるのです。

3A-1.jpg

次回、第7回では、動体原型から展開した競技用スキーウエアを具体的に取り上げます。

bottom of page